はじめに - 音響機器、至高の音を求めて!

あなたの生活の中には、どのような音があるだろうか。

家の中から聞こえる家族の話し声だろうか。 静かな森の中に響く鳥のさえずりだろうか。 あるいは通勤途中や自室で聴く、お気に入りの音楽だろうか。

私はこれまで、心を動かされる数多くの音と出会ってきた。

小学校の授業終了を告げるチャイム。 光化学スモッグ注意報を知らせる防災無線。 夏の通学路に響くセミの声。 テレビ番組『8時だョ!全員集合』で聞いた、いかりや長介のかん高い声。

友人宅で初めて聴いた、高中正義の高速ギターが飛び出す大迫力のスピーカー。

インドネシア・バリ島ウブドで生で体験したケチャ。 モロッコ・マラケシュで、夜明け前にモスクから流れるアザーンに起こされた朝。

こうして振り返ってみると、その音との出会い方はさまざまだ。

偶然耳にしたものもあれば、自ら求めて聴きに行ったものもある。

しかし、それらはただの思い出の断片ではなく、人生という一本の流れの中で、それぞれ意味を持って存在しているように思える。

そして現代において、人が音と出会う場面の多くは、生の音そのものではなく、音響機器を介している。

音響機器もまた、時代とともに大きく姿を変えてきた。

昭和中期まで、録音された音を聴くためには蓄音機やレコードプレーヤー、オープンリールデッキが使われていた。映像であれば8ミリカメラや映写機が主流である。

これらの機器は操作に知識や技術を必要とし、子どもにとっては簡単に扱えるものではなかった。

それがやがてラジカセやCDプレーヤーの時代となり、誰でも手軽に音楽を楽しめるようになった。

さらに機器の小型化と低価格化が進むと、音楽や映像は国境を越えて世界へ広がっていく。

その結果、本来であれば現地に行かなければ聴くことのなかった音も、記録媒体を通じて私たちのもとへ届くようになった。

私自身、西アフリカ発祥のジャンベ音楽や、イスラム世界の宗教歌謡カッワーリーを知ることができたのは、その音が録音され、日本へ届けられたからである。

本稿では、私自身が出会ってきた音の記憶をたどりながら、とりわけ音響機器の変遷に焦点を当てていく。

単なる懐古談ではない。

1960年代から令和の2020年代に至るまで、人々の暮らしや価値観がどのように変わり、その中で音響機器がどのような役割を果たしてきたのか。

そんな社会変容の歴史を振り返りながら、「音」と「技術」の関係について、皆さんと一緒に考えてみたいと思う。