ITにおける学びとは

仕事には、学びが必要である。

そして、学んだことを実際の仕事の中で使いこなし、身につけていくこともまた必要となる。

ITの仕事には、それが特に重要であることは、想像に難くないだろう。

インターネットを使う人であれば、操作方法が分かり、実際に使うことができれば、それで事足りる。

しかし、IT技術者となれば、それだけでは足りない。

その仕組みがどのようになっているのか、どのような技術によって成り立っているのかを知り、それを実際の仕事の中で扱えるようにならなければならない。

たとえば通信技術者であれば、スマートフォンを使ってAmazonで買い物をするとき、どのような通信が行われ、どのような条件がそろえば、それが正常に成立するのかを知る必要がある。

プログラミング技術者であれば、誤りのない、そして安全なプログラムをつくるためには、何に注意し、どのように実践すればよいのかを身につけなければならない。

こうしたことは、実際の仕事を通じて学べることも多い。

しかし、ITの世界では、仕事に就く前から、あらかじめ勉強しておかなければならないことが特に多い。

そのため、専門学校や大学でITを学ぶ者もゐれば、IT関係の資格を通じて、仕事に必要な知識や技術を身につけようとする者もゐる。

では、小学校から高校までの学びと、ITの世界に入ってからの学びとは、どこが違ふのだろうか。

私は、高校までの勉強には、仕事をするための基礎を身につけることに加へて、その後、改めて専門的なことを学ぶための力を養ふ意味があると思ってゐる。

知識そのものだけではない。

学ぶ過程で、考える力、理解する力、物事に取り組む力など、さまざまな総合力が養われる。

さう考へれば、高校までの勉強も、あだや疎かにはできぬものなり。

そして、これはITに限ったことではない。

仕事に就いたからといって、学びが終はるわけではない。

むしろITの世界では、仕事を始めてからのほうが、学び続ける必要があるのかもしれぬ。

技術は日進月歩で変化してゐる。

昨日まで当たり前であった技術が、いつの間にか新しい技術に置き換はり、仕事のやり方だけでなく、ビジネスの仕組みまでも変はっていく。

そのため、人から「これを勉強しておきなさい」と言はれてから学び始めるだけでは、追いつかぬこともある。

自ら必要なものを見つけ、自ら学ぶことも必要となる。

仕事をしながら、仕事の中で「これは知らねばならぬ」と感じたことを学び、学んだことをまた仕事の中で試してみる。

さうして、学びと仕事とを行き来しながら、少しずつ自分のものにしていく。

ITにおける学びとは、学校を卒業したところで終はるものではなく、仕事を始めたところから、また別の形で続いていくものなのだろう。

最後に、名軍師として名高い諸葛孔明の言葉を引いて、この話を終へたいと思ふ。

「静以て身を修め、倹以て徳を養ふ。 淡泊にあらざれば志を明らかにすること能はず。 寧静にあらざれば遠きを致すこと能はず。 学は須らく静なるべく、才は須らく学なるべし。 学ばざれば以て才を広むることなく、志あらざれば以て学を成すことなし。」

静かに身を修め、学ぶことで才を養ふ。

そして、学ぶためには志が必要であり、志がなければ学びを成し遂げることもできない。

ITの世界も、また同じなのではなかろうか。

新しい技術を学ぶことは大切である。

資格を取ることも、経験を積むことも大切である。

されど、それらの根にあるものは、「なぜ学ぶのか」という志なのかもしれぬ。

技術を身につけるために学ぶ。

仕事を成し遂げるために学ぶ。

そして、その先にある誰かの役に立つために学ぶ。

ITにもまた、志あってこそ、学びが生き、事が成就するものなのだと思ふ。