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見知らぬ電話の相手を、特定することは簡単か
2026年9月15日
見知らぬ電話の相手を、特定することは簡単か
もう三十年以上も前のことになる。
まだインターネットもなく、携帯電話もほとんど普及してゐなかつた頃の話である。
筆者は、とある事業所のビルの機械室にこもり、電話装置の通話品質を確認する仕事をしてゐた。
そのとき、電話装置の仕組みを利用して、実際の業務で使はれてゐる通話を、確認のために聞いたことがある。
「盗聴ではないか」と思はれるかもしれぬ。
しかし、当時の電話装置では、電話に使はれてゐる幾つかの線を、決められた組み合わせで接続することにより、通話を聞くことができてしまつた。
もちろん、正規の業務として、通話品質を確認するために行つたものである。されど、電話の仕組みを知つてゐれば、思ひのほか簡単に通話を聞けてしまふことには、私自身も驚いた。
では、通話を聞くことができるのなら、その電話をかけてきた相手も、簡単に特定できるのだらうか。
実は、そう単純な話ではなかつた。
昭和の頃、刑事ドラマを見てゐると、誘拐犯が公衆電話から被害者宅へ電話をかける場面がよくあつた。
警察は、通信事業者と連携して、犯人の電話の発信元を調べようとする。いはゆる「逆探知」である。
このとき、捜査側は、犯人にできるだけ長く話をさせようとする。
通話時間が短いと、電話の接続経路を調べるための時間が足りず、発信元を特定できないことがあつたからである。
当時は、電話の接続情報を通信事業者側で確認し、交換機などの記録を調べながら、どこから電話がかかつてきたのかを追つてゐた。
電話をかけた側と受けた側の間には、幾つもの交換機や回線が存在する。そこを順にたどつていくには、時間も手間もかかつたのである。
では、現在はどうなのだらうか。
現在の電話網では、電話をかける段階で、発信側と受信側をつなぐための情報が通信事業者側で処理される。電話番号や接続記録なども、必要に応じて確認できる仕組みになつてゐる。
そのため、昔に比べれば、どこから電話がかかつてきたのかを調べることは、はるかに容易になつた。
公衆電話からなのか、携帯電話からなのか、どの電話番号を使つたのか。そうした情報は、通信事業者側の記録から確認できる。
ただし、ここは少し注意が必要である。
発信元の電話番号や接続場所が分かることと、電話をかけた人物の実際の居場所を、直ちに特定できることは同じではない。
携帯電話であれば、基地局の位置などから、おおよその場所を推定できる場合はある。されど、建物の中の何階にゐるのか、電話をかけた人物が本当にその場所にゐるのかまで、電話の記録だけで即座に分かるわけではない。
さて、ここで、ある人は心配になるかもしれぬ。
「そんなことができるのなら、私の携帯電話の通話も、知らぬ間に聞かれてゐるのではないか」
「通信事業者の社員なら、私が誰と話したか、自由に分かつてしまふのではないか」
といふ疑問である。
結論からいへば、通常の社員が、好き勝手に利用者の通話を聞けるわけではない。
通信事業者には、事件や事故などが発生した際、法令や正式な手続きに基づいて、警察などの関係機関と連携するための仕組みが設けられてゐる。
しかし、それは、社員が自由に通話内容や利用者の情報を閲覧できるといふ意味ではない。
そのやうな情報を扱ふ場所やシステムへのアクセスは、厳しく管理されてゐる。担当者が限られ、必要な教育や権限が求められ、利用記録も残される。
通信事業者の社員であつても、権限のない者が勝手に情報を見ることは許されない。
もちろん、警察などの関係機関による監督や、社内の管理も行はれてゐる。
では、通話そのものを聞くことはどうだらうか。
先ほど述べたように、昔の電話装置では、線の接続方法を知つてゐれば、通話を聞けてしまふことがあつた。
しかし、現在の携帯電話通信では、通話の内容が無線区間などで保護される仕組みが使はれてゐる。通信の仕組みを知らない者が、昔の電話のやうに線をつなぐだけで通話を聞く、といふことはできない。
一般の人が容易に傍受できるものではなくなつたのである。
ただし、「絶対に不可能」といふわけではない。
通信の方式や利用する機器に弱点があれば、そこを悪用される可能性はある。端末そのものが不正なソフトウェアに感染してゐたり、通話相手の側で録音されてゐたりすれば、通信の暗号化とは別の問題も生じる。
技術的にも、組織的にも、すべてが完全に安全といふわけではない。
それでも、昔に比べれば、電話の発信元を調べることは容易になり、通話内容を外部から簡単に聞くことは難しくなつた。
これは、通信技術が進歩した結果である。
されど、便利になつた分だけ、電話を管理する側には、利用者の情報を適切に扱ふ責任が生じる。
誰が、いつ、どこへ電話をかけたのか。
その情報は、捜査や障害対応のために役立つ一方で、扱ひ方を誤れば、利用者の生活や人間関係を覗き見る道具にもなり得る。
技術が進歩するほど、技術を扱ふ者の節度も問はれる。
電話の仕組みを知ることは大切である。
されど、それ以上に大切なのは、その仕組みを、何のために、どのやうな手続きで使ふのかを心得ておくことなのかもしれぬ。