にっぽん電気通信物語

むかし、明治の頃。

欧米に「テレフォン」といふものありけり。

遠く離れた人の声を、電気によって届ける。

その技術を知った日本の人々は、さぞ驚き、また胸を躍らせたことであらう。

やがて日本でも電話事業が始まり、電話は近代日本の発展とともに、その歩みを続けることになる。

最初は、人が電話を受け、人が相手を探し、人が線をつないでゐた。

それが、電話番号を回せば機械が相手を探し、自動的につながるようになった。

電話網は次第に広がり、全国津々浦々へと伸びていった。

さらに時代が進むと、電話は電気だけでなく、コンピュータ技術とも結びついてゆく。

そして、音声を届けるための道具だった電話網は、やがて電文を運び、画像を運び、動画を運ぶ通信網へと姿を変へていった。

今日、私たちが当たり前のやうに使ってゐるインターネットも、その長い通信技術の歴史の先にある。

私は、ここで明治の偉人を称へたいわけでも、昔は良かったと懐かしみたいわけでもない。

ただ、現在の技術は、ある日突然、何もないところから現れたものではない、と伝へたいのである。

私は情報処理技術者になった頃、インターネットではなく、コンピュータ化された交換機といふ機械に関わってゐた。

電話交換機とインターネット。

言葉だけを聞けば、まるで別世界の技術に思へる。

ところが、長く通信の世界を眺めてゐると、そこには共通する考へ方がいくつも見えてくる。

一、すべてはコンピュータへ

昔の電話交換機は、人間が行ってゐた「つなぐ」といふ仕事を、機械に任せるところから始まった。

やがて交換機そのものがコンピュータによって制御されるようになった。

現在のネットワーク設備も、パソコンも、スマートフォンも、その規模や用途こそ違へど、基本的にはコンピュータによって動いてゐる。

電話交換機がコンピュータ技術を取り込んだやうに、コンピュータそのものも、通信や記憶、制御など、さまざまな技術を取り込みながら発展してきた。

二、通信と制御を分ける

電話が普及し始めた頃は、実際に音声を通す経路と、「誰と誰をつなぐか」を制御する仕組みが、現在ほど明確に分離されてゐたわけではない。

やがて通信そのものと、接続を制御する信号を分けて扱ふ考へ方が発達した。

こうすることで、通信網をより柔軟に制御できるようになった。

この「実際に運ぶもの」と「それを制御するものを分ける」といふ考へ方は、通信技術が進歩した現在にも姿を変へて残ってゐる。

現在の携帯電話網、その中核を担ふ5Gコアなどを見ても、通信を制御するためのさまざまな仕組みが存在してゐる。

昔の交換機と現在の通信網は、見た目も仕組みも大きく違ふ。

されど、通信を効率よく、確実に成立させるための考へ方には、どこか似たところがある。

三、相手を探し、そこまで届ける

電話をかければ、相手の電話機まで通信を届けなければならない。

そのためには、発信側から相手先まで、どの経路を使って接続するかを決める必要がある。

いはゆるルーティングである。

インターネットでも、データは宛先へ向かって適切な経路を選びながら運ばれてゆく。

もちろん、電話交換機のルーティングとインターネットのルーティングは同じものではない。

しかし、

「相手はどこにゐるのか」 「どの経路を使へば、そこへ届けられるのか」

といふ問題そのものは、通信の世界で長く続いてきた。

私は、ここに技術の面白さがあると思ってゐる。

新しい技術が登場すると、古い技術がすべて消えてなくなるやうに思へる。

しかし、実際にはそうでもない。

古い技術で培はれた考へ方の一部が、新しい技術の中へ姿を変へて入り込んでゐる。

電話交換機が、そのままインターネットになったわけではない。

しかし、通信をどう制御し、どう相手へ届け、どう安定して動かすか。

その長い試行錯誤の積み重ねが、今日の通信技術を支へてゐる。

技術といふものは、昨日までのものをすべて捨て、新しいものへ飛び移ることではない。

今あるものを土台として、その上に次のものを積み上げてゆく。

ゆゑに、新しい技術が現れたからといって、昨日まで自分がしてゐたことが、直ちに無価値になるわけではない。

むしろ、昨日までの経験があるからこそ、新しいものを理解できることもある。

私は、三代にわたって通信の仕事に関わる家系の一員として、そして自分自身も情報処理技術者として、このことを強く感じてゐる。

明治の電話から始まり、交換機、コンピュータ、携帯電話、そしてインターネットへ。

そこには、名を残す偉人だけではなく、通信設備を作った人、工事をした人、保守をした人、夜中に障害対応をした人、そして黙々と毎日の仕事を続けた、無数の名もなき人々がゐた。

その一人一人の仕事が、次の時代の土台になった。

だから私は、「日本はもう終はりだ」といった言葉を、さほど簡単には信じない。

今の日本に問題がない、と言ってゐるのではない。

技術も産業も社会も、時代に合わせて変はってゆかなければならない。

されど、先人たちが積み重ねてきたものを、忘れてはならない。

今日の私たちが使ってゐる技術も、昨日までの誰かの仕事の上にある。

ならば私たちもまた、今の時代に自分が出来ることを、一つずつ積み重ねてゆけばよい。

技術の世界では、百年後に自分の名前が残ることなど、ほとんどない。

それでもよい。

自分が作ったもの、守ったもの、直したもの、伝へたものが、いつか次の技術の土台になるのであれば、それで十分ではなかろうか。

電話は、電話のまま終はらなかった。

形を変へ、役割を変へ、つひには世界中の人々を結ぶ通信網の一部となった。

技術とは、さういふものなのかもしれない。

そして、人もまた、さうでありたいと思ふのである。