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古きを尋ねて、明日を見る
2026年9月22日
古きを尋ねて、明日を見る
私は司馬遼太郎の歴史観に、かなり影響を受けてゐる。
もちろん、歴史学者でもなければ、司馬史観をそのまま正しいと思つてゐるわけでもない。
されど、歴史を眺めるとき、名を残した人物だけでなく、その人物の周りにゐた、名もなき人々の営みに目を向ける姿勢には、強く惹かれるものがある。
明治維新も、維新の志士だけが日本を変へたのではなかつたのだらう。
新しい制度が生まれ、新しい技術が入り、それを面白いと思ふ人がゐた。
これから日本はどうなるのだらう。
西洋の国々に追ひつけるのだらうか。
新しい技術を使へば、これまで出来なかつたことが出来るのではないか。
さうした期待や高揚感が、社会のあちらこちらに生まれてゐたのではないかと思ふ。
電話も、その一つだつたのだらう。
電気を使つて、遠くにゐる人の声を届ける。
今の我々から見れば当たり前のことでも、当時の人々にとつては、まるで魔法のやうな技術であつたに違ひない。
そして、その魔法を実際の社会で使へるものにしていつたのは、必ずしも歴史の教科書に名前が載る人ばかりではない。
電話を架設した人。
交換機を扱つた人。
設備を作つた人。
故障を直した人。
夜中に呼び出され、黙々と復旧した人。
そうした人々の仕事が積み重なつて、やがて日本の通信技術を支へる大きな土台になつた。
私は、ここに技術の面白さがあると思つてゐる。
生まれ持つた才能だけで、日本が通信技術の国になつたわけではない。
特別な環境に恵まれた人だけが、技術を進歩させたわけでもない。
その時代にあるものを受け取り、少し改良し、次の人へ渡す。
その繰り返しが、何十年、何百年と続いた結果として、今日の技術がある。
ならば令和を生きる我々も、少しばかり先人の背中を見てもよいのではないか。
何か新しいことをしなければならない。
誰もやつたことのないことをしなければならない。
奇をてらつたことに手を染めなければ、時代に取り残される。
そんな風潮ばかりが強くなると、かへつて足元が見えなくなる。
少し前には、何があつたのか。
その技術は、どのやうに生まれ、誰が育て、誰が使ひ、そして何が次の技術へ引き継がれたのか。
そこを見てみる。
すると、今まで古いと思つてゐたものの中に、まだ使へる知恵が残つてゐることがある。
電話交換機からインターネットへ。
電線から光ファイバーへ。
大型コンピュータから小さな端末へ。
姿かたちは変はつても、その根にある考へ方まで、すべて消えてしまつたわけではない。
技術とは、昨日まで無かつたものを突然生み出すことばかりではない。
先人が残したものを受け取り、それを少しだけ先へ進めることも、立派な技術である。
私は、これからの日本にも、さうした仕事がまだまだ残つてゐると思つてゐる。
「日本はもう駄目だ」と嘆く前に。
「新しいものを作らなければ」と焦る前に。
ほんの少しだけ、後ろを振り返つてみる。
そこには、我々が思つてゐる以上に、たくさんの人が、たくさんのものを残してくれてゐる。
それを見つけることもまた、未来へ進む一つの方法なのではないだらうか。