古きを尋ねて、明日を見る

私は司馬遼太郎の歴史観に、かなり影響を受けてゐる。

もちろん、歴史学者でもなければ、司馬史観をそのまま正しいと思つてゐるわけでもない。

されど、歴史を眺めるとき、名を残した人物だけでなく、その人物の周りにゐた、名もなき人々の営みに目を向ける姿勢には、強く惹かれるものがある。

明治維新も、維新の志士だけが日本を変へたのではなかつたのだらう。

新しい制度が生まれ、新しい技術が入り、それを面白いと思ふ人がゐた。

これから日本はどうなるのだらう。

西洋の国々に追ひつけるのだらうか。

新しい技術を使へば、これまで出来なかつたことが出来るのではないか。

さうした期待や高揚感が、社会のあちらこちらに生まれてゐたのではないかと思ふ。

電話も、その一つだつたのだらう。

電気を使つて、遠くにゐる人の声を届ける。

今の我々から見れば当たり前のことでも、当時の人々にとつては、まるで魔法のやうな技術であつたに違ひない。

そして、その魔法を実際の社会で使へるものにしていつたのは、必ずしも歴史の教科書に名前が載る人ばかりではない。

電話を架設した人。

交換機を扱つた人。

設備を作つた人。

故障を直した人。

夜中に呼び出され、黙々と復旧した人。

そうした人々の仕事が積み重なつて、やがて日本の通信技術を支へる大きな土台になつた。

私は、ここに技術の面白さがあると思つてゐる。

生まれ持つた才能だけで、日本が通信技術の国になつたわけではない。

特別な環境に恵まれた人だけが、技術を進歩させたわけでもない。

その時代にあるものを受け取り、少し改良し、次の人へ渡す。

その繰り返しが、何十年、何百年と続いた結果として、今日の技術がある。

ならば令和を生きる我々も、少しばかり先人の背中を見てもよいのではないか。

何か新しいことをしなければならない。

誰もやつたことのないことをしなければならない。

奇をてらつたことに手を染めなければ、時代に取り残される。

そんな風潮ばかりが強くなると、かへつて足元が見えなくなる。

少し前には、何があつたのか。

その技術は、どのやうに生まれ、誰が育て、誰が使ひ、そして何が次の技術へ引き継がれたのか。

そこを見てみる。

すると、今まで古いと思つてゐたものの中に、まだ使へる知恵が残つてゐることがある。

電話交換機からインターネットへ。

電線から光ファイバーへ。

大型コンピュータから小さな端末へ。

姿かたちは変はつても、その根にある考へ方まで、すべて消えてしまつたわけではない。

技術とは、昨日まで無かつたものを突然生み出すことばかりではない。

先人が残したものを受け取り、それを少しだけ先へ進めることも、立派な技術である。

私は、これからの日本にも、さうした仕事がまだまだ残つてゐると思つてゐる。

「日本はもう駄目だ」と嘆く前に。

「新しいものを作らなければ」と焦る前に。

ほんの少しだけ、後ろを振り返つてみる。

そこには、我々が思つてゐる以上に、たくさんの人が、たくさんのものを残してくれてゐる。

それを見つけることもまた、未来へ進む一つの方法なのではないだらうか。