続・石の上にも三年は未だ健在か?――なぜ交換機エンジニアには一人前になるまで時間がかかったのか

前回、「石の上にも三年は未だ健在か?」の中で、交換機エンジニアとして一人前になるには、なぜ時間がかかったのかについて、少し触れた。

今回は、その理由をもう少し具体的に書いてみたい。

まず、「交換機」という言葉になじみのない方も多いと思う。

簡単に言えば、電話をつなぐための装置である。現在でも電話交換機は使われているが、私が仕事をしていた平成の始め頃の交換機は、現在の機器に比べると大型で、操作や構築もかなり煩雑だった。

「交換機エンジニア」とは、この電話交換機の開発、構築、運用などに携わる技術者のことである。

では、この交換機エンジニアに必要だった技量とは、どのようなものだったのか。

身近な例を挙げながら説明してみよう。

一、コンピュータの基本的な概念を理解していること

「そんなもの、IT関係の仕事をしているなら当たり前ではないか」と思われるかもしれない。

ところが、現在では、コンピュータの基本的な仕組みをすべて理解していなくても、それなりに仕事ができるようになっている。

たとえば、スマートフォンにアプリを入れる場合を考えてみてほしい。

AndroidならGoogle Playで目的のアプリを検索し、表示されたメニューに従ってボタンを押していけばよい。

スマートフォンの内部で何が行われているのかを知らなくても、アプリを使うことはできる。

これは、コンピュータを使う側からすれば、とてもありがたいことである。

しかし、当時の交換機では、そうはいかなかった。

交換機も、基本的な考え方としては、コンピュータと同じように、ハードウェアとソフトウェアが組み合わさって動いている。

ただし、店頭で売られているスマートフォンやパソコンのように、最初から何もかも揃った完成品が届いて、それを使えばよい、というものではなかった。

お客様の要望に合わせて必要な部品を選び、取り付け、機器の構成を整え、必要なソフトウェアを組み込み、さらに設定を行う。

場合によっては、その機器に合わせてソフトウェアの設計や開発まで行う。

しかも、それらをエンジニア自身が理解していなければならなかった。

つまり、「このボタンを押せば動く」という世界ではない。

「なぜ、この設定が必要なのか」 「この部品は、なぜここに取り付けるのか」 「このソフトウェアは、どのように機械と関係しているのか」

そういったことまで理解しておく必要があったのである。

二、交換機を構成する仕組みを理解していること

ここは、現在のサーバーやネットワーク機器と比較すると分かりやすい。

現在のサーバーやネットワーク機器は、かなりの部分が既製品として完成された状態で工場から出荷される。

もちろん、現地に持ち込む前には社内試験を行うし、導入する技術者にも相応の知識が必要である。

それでも、電源を入れ、必要なデータを設定し、一般的なケーブルなどで周辺機器と接続すれば使える機器が多い。

そのため、機器内部の構造を隅々まで理解していなくても、導入や運用ができる場合がある。

ところが、私が扱っていた交換機は、そういうわけにはいかなかった。

交換機には、電話をつなぐための通話路だけでなく、その接続を制御する仕組みがある。電子交換機では、プロセッサとソフトウェアによって、その制御が行われていた。

つまり、交換機エンジニアは、

「電話をつなぐには、どのような手順を踏むのか」

を理解していなければならない。

さらに、

「お客様の要望を実現するには、どのような部品が必要なのか」 「どのような構成にすればよいのか」 「どのような設定が必要なのか」

まで考える必要がある。

サーバーやネットワークの技術者が、メールを送受信するためには何が必要なのか、あるいはWebサイトへアクセスするにはどのような仕組みが必要なのかを理解しているのと同じである。

ただし、交換機では、それをさらに装置そのものの構成にまで踏み込んで考える必要があった。

そして、ここが一人前になるまで時間のかかった大きな理由の一つだったと思う。

三、一連の仕事を何度も経験しなければならない

交換機の仕事は、単に機械を操作して終わり、というものではない。

計画を立て、必要なものを揃え、構築し、試験を行い、問題があれば修正し、完成させ、納品し、承認を得る。

こうした一連の仕事を一巡するだけでも、かなりの時間がかかる。

しかも、一度経験しただけでは、全体を理解するのは難しい。

二度目、三度目と経験して、初めて、

「なるほど、前にやったあれは、ここにつながっていたのか」

と分かってくる。

交換機には、このような仕事が積み重なっていた。

だから、今のサーバーやネットワーク機器の導入と比べても、計画から完成までに気の遠くなるような時間がかかることがあった。

そう考えると、「一人前になるまで最低八年」と言われていたことも、なるほどと思えてくる。

では、ここまで読んだ読者は、

「交換機エンジニアでなくてよかった」

と思うだろうか。

私は、そうは思わない。

私は大学で商業科を学んだ人間だったから、もしエンジニアになっていなければ、コンピュータの基本的な仕組みを、これほど真剣に学ぶことはなかっただろう。

そして、その知識があったからこそ、後にトラブルシューティングを行う際にも、

「この現象は、どこで起きているのか」 「機械は、いま何をしようとしているのか」

と考えることができた。

交換機の仕事は、確かに簡単ではなかった。

しかし、そこで身につけたコンピュータの基本的な考え方や、機械の仕組みを理解する力は、その後の私の仕事を支える大きな財産になったのである。

「石の上にも三年」という言葉が正しいかどうかは、結局のところ、年月だけでは決められない。

その場所で何を学び、何を身につけ、それがその後の自分にどう生きたのか。

私の場合、交換機エンジニアとして過ごした年月は、決して短くはなかった。

されど、振り返れば、あの時間があったからこそ、今の自分がある。