かの怪しきこと、将門公の仕業なりや――亡父の寝物語

幼き頃、父は私を寝かしつけるため、よく寝物語をしてくれた。

桃太郎なら、桃が川から「ドンブラコ、ドンブラコ」。 因幡の白兎なら、ワニの背中を「ひい、ふう、みい……」。 一寸法師なら、打ち出の小槌を「コーン、コーン」。

子供を眠らせるための音は、いろいろある。

私の父の場合、それが少し変わつてゐた。

「ガタン、ガタン、タンタンタン、ガタン……」

これは、父が仕事で聞いた交換機の音だった。

父は電話交換機の技術者で、大手町にあるNTTの事業所で夜間勤務をしたことがある。そこは、平将門公の首塚の近くにある建物だった。

正確にいつ頃のことだったかは、もう聞きそびれてしまつた。

当時の交換機は、今のやうな電子化された静かなものではない。ステップ・バイ・ステップ方式と呼ばれる交換機で、電話番号を分析し、電話をつなぐたびに、内部のリレーなどが機械的に動く。

そのため、昼間のやうに多くの加入者が一斉に電話を使ふ時間帯には、交換機から、けたたましい音が同時多発的に聞こえてくる。

ところが、深夜ともなれば話は違ふ。

電話を使ふ人も少なくなり、交換機の音も、たまに単発で聞こえる程度になる。

ところが、父が夜勤をしてゐたある日のこと。

丑三つ時になつて、突然、昼間と変はらぬほどの音が交換機室に響き渡つたといふ。

「ガタンガタン、タンタンタン、ガタン……」

まるで、昼間に多数の電話が一斉につながつてゐるかのやうな音だった。

父は、さぞ驚いたことだらう。

ところが、しばらくすると、その大きな音は何事もなかつたかのやうに止み、再び静寂に包まれた。

その後は、いつものやうに、かすかな交換機の音が聞こえるだけだったといふ。

私は、この話を子供の頃に父から聞いた。

しかも、よりによつて将門公の首塚のすぐ近くで起きた話である。

その頃の私は、将門公のことなど詳しく知つてゐたわけではない。

それでも、子供にとつて「丑三つ時」「首塚」「夜中に突然鳴り出す交換機」と三拍子そろへば、怖くないはずがない。

その日は、布団に入つても、将門公が家までついて来るのではないかと心細くなり、なかなか眠れなかつたことを覚えてゐる。

それから数十年が過ぎた。

父も亡くなり、私も年を重ね、長く技術者として仕事をしてきた。

そして今になつて、あの父の寝物語を思ひ出すことがある。

父は、私と違つて、嘘をつかない人だった。

仕事の報告でも、私は「特に問題ありません。作業は終了しました」で済ませてしまふやうなところがある。

しかし父は、作業中に少しまごついたことまで、正直に報告する人だった。

だから、あの話も、父が作つた怪談だとは思つてゐない。

あの音は、本当に鳴つたのだと思ふ。

ただし――

私は、あれは祟りではなく、誤動作だったと思つてゐる。

現代の機器でさへ、特別な高負荷をかけたわけでもなく、明らかな経年劣化が見つかるわけでもないのに、原因の分からないリンクダウン、リンクアップが起こることがある。

ましてや、私が生まれる前から働いてゐたやうな機械である。

何らかの誤動作が起きても、別に不思議ではない。

もちろん、現場にゐなかつた私には断定することなどできない。

されど、長年技術者として機械を相手にしてきた者としては、まず機械の誤動作を疑ふ。

もし本当に将門公の祟りだったとしたら――

NTT殿は、いったい何をしたのだらう。

将門公を粗末に扱つてゐるどころか、首塚を大切にし、丁重にお祀りしてゐるではないか。

それならば、将門公がNTTに怒りを向ける理由も、さほどあるまい。

……まあ、かう言つてしまへば、身も蓋もない話ではある。

しかし、私にはもう一つ、父から受け継いだものがある。

それは、電話の音を聞き分ける感覚である。

音楽家に音感があるやうに、技術者にも、技術者なりの「音感」があるのではないかと思ふ。

父にとつては、

「ガタン、ガタン、タンタンタン、ガタン……」

というステップ・バイ・ステップ交換機の音が、電話の世界そのものだった。

そして私の時代になると、交換機は電子化され、ずいぶん静かになつた。

それでも、電話をかけるときの音は、身体に染みついてゐる。

まず、

「ツー……」

発信音を聞く。

電話番号をダイヤルすると、その音が消え、

「プツ、プツ、プツ、プツ……」

と、番号が受け取られてゆく。

そして、相手が判明すると、

「トゥルルルー……」

呼出音が聞こえる。

電話がつながるまでの、ほんの短い時間。

しかし電話屋だった私にとつては、この一連の音そのものが、電話という技術だった。

父の「ガタンガタン」から、私の「ツー、プツプツ、トゥルルー」まで。

その間に、電話交換の技術は大きく変はつた。

機械式のリレーから電子交換機へ。

そして、その先には、さらにコンピュータ化された通信網がある。

父と私では、聞いてゐた電話の音が違ふ。

されど、やつてゐた仕事は同じだった。

電話をつなぐ。

その一点は変はらない。

さて、今の技術者は、どんな音を聞いて仕事をしてゐるのだらう。

技術は、音を変へる。

そして、時代を象る音も、また変はつてゆくのである。