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かの怪しきこと、将門公の仕業なりや――亡父の寝物語
2026年9月26日
かの怪しきこと、将門公の仕業なりや――亡父の寝物語
幼き頃、父は私を寝かしつけるため、よく寝物語をしてくれた。
桃太郎なら、桃が川から「ドンブラコ、ドンブラコ」。 因幡の白兎なら、ワニの背中を「ひい、ふう、みい……」。 一寸法師なら、打ち出の小槌を「コーン、コーン」。
子供を眠らせるための音は、いろいろある。
私の父の場合、それが少し変わつてゐた。
「ガタン、ガタン、タンタンタン、ガタン……」
これは、父が仕事で聞いた交換機の音だった。
父は電話交換機の技術者で、大手町にあるNTTの事業所で夜間勤務をしたことがある。そこは、平将門公の首塚の近くにある建物だった。
正確にいつ頃のことだったかは、もう聞きそびれてしまつた。
当時の交換機は、今のやうな電子化された静かなものではない。ステップ・バイ・ステップ方式と呼ばれる交換機で、電話番号を分析し、電話をつなぐたびに、内部のリレーなどが機械的に動く。
そのため、昼間のやうに多くの加入者が一斉に電話を使ふ時間帯には、交換機から、けたたましい音が同時多発的に聞こえてくる。
ところが、深夜ともなれば話は違ふ。
電話を使ふ人も少なくなり、交換機の音も、たまに単発で聞こえる程度になる。
ところが、父が夜勤をしてゐたある日のこと。
丑三つ時になつて、突然、昼間と変はらぬほどの音が交換機室に響き渡つたといふ。
「ガタンガタン、タンタンタン、ガタン……」
まるで、昼間に多数の電話が一斉につながつてゐるかのやうな音だった。
父は、さぞ驚いたことだらう。
ところが、しばらくすると、その大きな音は何事もなかつたかのやうに止み、再び静寂に包まれた。
その後は、いつものやうに、かすかな交換機の音が聞こえるだけだったといふ。
私は、この話を子供の頃に父から聞いた。
しかも、よりによつて将門公の首塚のすぐ近くで起きた話である。
その頃の私は、将門公のことなど詳しく知つてゐたわけではない。
それでも、子供にとつて「丑三つ時」「首塚」「夜中に突然鳴り出す交換機」と三拍子そろへば、怖くないはずがない。
その日は、布団に入つても、将門公が家までついて来るのではないかと心細くなり、なかなか眠れなかつたことを覚えてゐる。
それから数十年が過ぎた。
父も亡くなり、私も年を重ね、長く技術者として仕事をしてきた。
そして今になつて、あの父の寝物語を思ひ出すことがある。
父は、私と違つて、嘘をつかない人だった。
仕事の報告でも、私は「特に問題ありません。作業は終了しました」で済ませてしまふやうなところがある。
しかし父は、作業中に少しまごついたことまで、正直に報告する人だった。
だから、あの話も、父が作つた怪談だとは思つてゐない。
あの音は、本当に鳴つたのだと思ふ。
ただし――
私は、あれは祟りではなく、誤動作だったと思つてゐる。
現代の機器でさへ、特別な高負荷をかけたわけでもなく、明らかな経年劣化が見つかるわけでもないのに、原因の分からないリンクダウン、リンクアップが起こることがある。
ましてや、私が生まれる前から働いてゐたやうな機械である。
何らかの誤動作が起きても、別に不思議ではない。
もちろん、現場にゐなかつた私には断定することなどできない。
されど、長年技術者として機械を相手にしてきた者としては、まず機械の誤動作を疑ふ。
もし本当に将門公の祟りだったとしたら――
NTT殿は、いったい何をしたのだらう。
将門公を粗末に扱つてゐるどころか、首塚を大切にし、丁重にお祀りしてゐるではないか。
それならば、将門公がNTTに怒りを向ける理由も、さほどあるまい。
……まあ、かう言つてしまへば、身も蓋もない話ではある。
しかし、私にはもう一つ、父から受け継いだものがある。
それは、電話の音を聞き分ける感覚である。
音楽家に音感があるやうに、技術者にも、技術者なりの「音感」があるのではないかと思ふ。
父にとつては、
「ガタン、ガタン、タンタンタン、ガタン……」
というステップ・バイ・ステップ交換機の音が、電話の世界そのものだった。
そして私の時代になると、交換機は電子化され、ずいぶん静かになつた。
それでも、電話をかけるときの音は、身体に染みついてゐる。
まず、
「ツー……」
発信音を聞く。
電話番号をダイヤルすると、その音が消え、
「プツ、プツ、プツ、プツ……」
と、番号が受け取られてゆく。
そして、相手が判明すると、
「トゥルルルー……」
呼出音が聞こえる。
電話がつながるまでの、ほんの短い時間。
しかし電話屋だった私にとつては、この一連の音そのものが、電話という技術だった。
父の「ガタンガタン」から、私の「ツー、プツプツ、トゥルルー」まで。
その間に、電話交換の技術は大きく変はつた。
機械式のリレーから電子交換機へ。
そして、その先には、さらにコンピュータ化された通信網がある。
父と私では、聞いてゐた電話の音が違ふ。
されど、やつてゐた仕事は同じだった。
電話をつなぐ。
その一点は変はらない。
さて、今の技術者は、どんな音を聞いて仕事をしてゐるのだらう。
技術は、音を変へる。
そして、時代を象る音も、また変はつてゆくのである。