古い技術が、地方の通信を支へてゐた――自治体システムの現場から

あなたは、朝日放送テレビの「ポツンと一軒家」を見たことがあるだらうか。

映像だけを見てゐると、のどかな山村で悠々自適に暮らしてゐる老夫婦などを見て、

「羨ましいなあ。いつか、あんな生活ができたらいいな」

などと思つたことがあるかもしれない。

されど、実際にそこで暮らすとなると、市街地で暮らしてきた者には想像しにくい苦労も多い。

買い物をするにも移動が必要になる。

年齢を重ねれば病院へ行く機会も増えるが、検査や治療を受けられる大きな病院となれば、市街地まで出ていかなければならない。

そして、そうした生活を支へるものとして、電気、水道、道路、そして通信がある。

今回はITの話なので、その中でも通信回線に焦点を当ててみたい。

以前書いた、

「ギガ回線、メガ回線、その他回線――それぞれの御国事情」

とも、合わせて読んでいただきたい。

地方都市、とりわけ人口規模が小さく、人口流出や高齢化が進み、広い山林や集落を抱へる自治体で通信設備を整備し、維持していくことは、都市部に暮らしてゐる者が想像する以上に難しい。

全国各地に通信サービスを提供してゐる大手通信事業者であつても、地理的条件や採算性などから、高速な光ファイバー回線を一律に提供することが難しい地域もある。

そこで自治体によつては、自治体独自の光ファイバー網を整備したり、防災無線などを活用したり、さらには既存の旧世代の通信回線まで組み合わせたりして、何とか行政サービスを維持してゐる例がある。

新しいものだけで、すべてを賄へるとは限らない。

古いものも、まだ使へる。

使へるものは、使ふ。

地方の通信現場には、そんな事情がある。

もうこうなると、

「手詰まり感いっぱいで、打つ手がないのではないか」

と思つてしまふ。

ところが、私は、このような特殊な事情によつて、思ひがけず得をした経験がある。

サービス終了を間近に控へた古い通信設備というものは、当然ながら、それを扱へる技術者も少なくなつてゐる。

設備そのものが古いのだから、それを構築した人たちは、すでに別の仕事へ移つてゐたり、定年を迎へてゐたりする。

場合によつては、もう現場にゐない。

ところが私は、インターネットサービスが一般に普及する以前から、そして普及してからもしばらくの間、旧世代の通信回線に関わる仕事をしてゐた。

私自身が現場で一人称で作業できるわけではない。

しかし、

「この回線は、こういう仕組みだったはずだ」

「この設備なら、この担当者に聞けば分かる」

といふ程度の知識は残つてゐた。

そのため、工事を担当する技術者と話をすることができた。

以前は、

「こんな昔の技術の仕事をさせやがつて」

などと愚痴を言ひながら覚えた技術である。

それが二十年以上経つて、

「こんなところで役に立つのか」

と思ふことになつた。

まさに、

「捨てる神あれば、拾ふ神あり」

である。

そして、これは私だけの話でもなかつた。

同じ会社で私の上席にあたる方も、インターネットに通暁してゐるだけでなく、私と同じやうに旧世代の通信方式にも対応できる方だった。

新しい技術と古い技術の両方を知つてゐる。

こういう人材は、地方自治体の案件では、思ひのほか重宝された。

地方自治体の一部では、光ファイバーのような新しい通信網から、旧世代の通信回線まで、さまざまな世代の設備を組み合わせ、数珠つなぎのやうにして使ひ続けてゐることがある。

一見すると、

「なぜ、こんな古いものをまだ使つてゐるのか」

と思ふかもしれない。

しかし、そこには理由がある。

それを止めれば、代替手段がないからである。

そして、その通信網のどこか一箇所が故障すれば、都市部に比べて利用者の数は少なくても、行政サービスそのものに重大な影響が出る可能性がある。

だからこそ、古い設備を知つてゐる人間が必要になる。

私が自治体の仕事に従事してゐた頃は、幸いにも、旧世代の通信回線に対応できる人材が、まだ辛うじて残つてゐた。

その人たちがゐたからこそ、古い設備を含んだ通信網を維持することができた。

これは、都市部の一般的なIT案件では、なかなか経験できない仕事だったと思ふ。

そして、技術者として長く仕事をしてゐると、時として妙なことが起きる。

若い頃には、

「早くこんな古い技術から離れたい」

と思つてゐた知識が、何十年も経つた後に、思ひがけない場所で自分を助けてくれる。

技術は、新しいものだけが積み重なつていくわけではない。

古い技術も、誰かが使つてゐる限り、そこには仕事がある。

そして、その技術を知つてゐる人間がゐる限り、古い設備はもう少しだけ生き延びることができるのである。