機械は小さくなった。システムは簡単になったのか――見えにくくなったITの裏側

にわかには信じてもらへないかもしれないが、私が働き始めた1990年代初頭、容量20MBのハードディスクは、外寸が幅10cm、高さ25cm、奥行き20cmほどあり、重さも3kgくらゐあつたと記憶してゐる。

当時、プログラムやデータの入つた、そんな重たいハードディスクを三台ほど持つて、東京から大阪まで新幹線で運んだことがある。

今考へれば、データの取り扱ひとしては、ずいぶん危なつかしい話である。されど、当時は今に比べると、IT業界にもまだ牧歌的なところがあつたのかもしれない。

いまでは、USBメモリひとつで32GB、なかには1TBもの容量を持つ製品もある。20MBのハードディスクを三台も運んでゐた時代から考へれば、記憶装置の小型化と大容量化は、まことに目覚ましい。

そして、私たちが普段目にすることのないサーバーやネットワーク機器でも、小型化と省電力化が進んできた。

1990年代以降、インターネットが普及し、通信サービスの提供範囲は広がつていつた。かつてはウェブページや電子メールなどが中心だつたが、いまでは動画配信やAIに関係するサービスなど、大量のデータを扱ふ用途も増えてゐる。

これほど通信量が増えたにもかかはらず、私たちの目にする機械の姿は、昔に比べてずいぶん小さくなつた。

もし昔と同じ大きさの機械を、昔と同じやうに並べて増やし続けてゐたら、設置場所の確保だけでも大変なことになつてゐたのではないだらうか。

私は、実際にそのやうな事態に遭遇したことはない。むしろ、2010年頃、地方各地に設置される大型の通信機器を出荷してゐたメーカーの工場を訪れた際、広い工場内に、ところどころ不思議なほど大きな空間が残されてゐるのが印象に残つてゐる。

もちろん、それだけで小型化の影響を説明できるわけではない。されど、かつて大きな場所を必要としてゐた機器が、次第に小さくなつていく過渡期の光景として、私の記憶に残つてゐる。

電力の使ひ方も変はつてきた。機器によつては、LANケーブルを通じて電力を供給するPoEという方式も使はれるやうになつた。機器の構成や用途にもよるが、設置方法の選択肢は増え、配線や電源の取り回しを簡素化できる場合もある。

こうして見ると、技術の進歩は、まことにいいことづくめのやうに思へる。

ところが、現場では、そう簡単な話ばかりでもない。

少ない機械に、多くの仕事を任せる

ここからは、少し想像していただきたい。

あなたの会社が、食品加工会社だとしよう。

社内には総務部、経理部、人事部、企画部、営業部、製造部などがある。それぞれの業務を支へるため、経理用、人事用、営業用、製造用、勤怠管理用といつた具合に、複数のサーバーが設置されてゐる。

以前は、それぞれの業務を別々のサーバーで動かし、通信機器や接続経路も、ある程度独立させてゐた。

ところが、機器の性能が向上し、少ない台数で多くの処理を担へるやうになると、事情が変はつてくる。

たとへば、以前は部署ごとに用意してゐた複数のサーバーを、少数の物理的な機械に集約する。ひとつの機械の中で、経理や人事など、それぞれの業務用のシステムを動かすのである。

通信機器についても、個別に設置してゐたものを、全体で少数の機器にまとめることがある。

記憶装置についても、故障に備へて複数台を組み合はせたり、データを別の装置にも保存したりするなど、構成を工夫する。

その結果、かつては広い場所を必要としたサーバー群を、事務所の一角に収められるやうになる。設置スペースを節約でき、電力や空調にかかる費用を抑へられる場合もある。

会社にとつては、ありがたい話である。

ただし、ここで気をつけなければならないことがある。

機械の台数が減つたからといつて、システム全体が簡単になつたとは限らない。

むしろ、一台の機械が複数の業務を受け持つやうになれば、その内部の構成や設定は複雑になることがある。どの業務が、どの機器や記憶装置に依存してゐるのか。それを把握してゐなければ、障害が起きたときに原因を探すのも難しくなる。

一台の故障が、会社全体に波及する

先ほどの食品加工会社の話に戻らう。

ある日、集約したサーバー機器の一部に故障が発生した。

ところが、どの部品に問題があるのか、どの業務に影響が及んでゐるのか、すぐには分からない。

以前なら、経理用のサーバーに問題が起きれば、まず経理用の機器を調べればよかつたかもしれない。だが、複数の業務を少数の機械に集約してゐると、見た目には関係のなささうな部署まで影響を受けることがある。

さらに、困つたことが起きた。

この複雑なシステムの構築や管理を担当してゐた総務部の社員が、突然退職してしまつたのである。

設定や構成を十分に理解してゐる人がゐなくなり、故障が起きても、どこを調べ、何を直せばよいのか、すぐには判断できない。

場合によつては、復旧に丸一日以上かかり、会社の業務にも大きな影響が出るやうになつた。

これは、私が説明のために作つた架空の小さな食品加工会社の話である。

ただし、機器の集約によつて管理が複雑になり、障害時の原因究明や復旧に時間がかかるといふ話は、私自身、何度か耳にしてきた。

もちろん、機器を集約すれば必ず障害に弱くなるわけではない。冗長化やバックアップ、適切な監視、構成情報の記録、担当者への引き継ぎなどを整へておけば、障害の影響を抑へられる。

問題は、機械を少なくすることそのものではない。

少ない機械に多くの仕事を任せる一方で、それを支へる管理や復旧の仕組みまで整へられてゐるか。

そこが問はれるのである。

新しい技術を使ひこなすとは

技術は進歩する。

以前なら何台もの機械を必要とした処理が、少数の機械でできるやうになる。設置場所も、消費電力も、運用にかかる費用も減らせる。これは確かな進歩である。

しかし、機械が小さくなり、台数が減つても、その中で動く仕組みまで単純になるとは限らない。

むしろ、機械の中に多くの機能が詰め込まれるほど、全体を理解し、管理するための知識が必要になることもある。

新しい技術が登場すれば、それまでのやり方が通用しなくなる場面も出てくる。そのとき、技術者に求められるのは、新しい機械の操作を覚えることだけではない。仕組みを理解し、障害に備へ、誰が担当しても必要な復旧ができる状態を整へることも、大切な仕事なのである。

機械が小さくなつても、技術者の仕事まで小さくなるとは限らない。

これはITに限つた話ではないだらう。機械や道具が進歩すれば、仕事の形も変はる。便利になつた分だけ、別の知識や管理が必要になることもある。

技術の進歩とは、ただ物を小さく、速く、便利にすることだけではない。

新しい技術によつて生まれた複雑さまで引き受け、使ひ続けられる仕組みにする。そこまで含めて、技術を進歩させるといふことなのかもしれない。