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作業規制――なぜ、仕事をしないことが仕事になるのか
2026年10月5日
皆さんは、政治について関心がお有りだらうか。
衆議院総選挙があれば、どの党に投票するかを考へたり、新聞やネットの記事を読んだりするだらう。
政治にはあまり関心がないけれど、オリンピックは気になる、といふ人もゐるかもしれない。
我々の業界でも、さうした話題に関心のある人もゐれば、さほど関心のない人もゐる。
ちなみに私は、どちらも関心がない方である。
それでも、前述のやうなイベントのことは気にかける。
否、私だけではない。IT業界にゐる人の多くが、気にかけるのである。
それは、なぜか。
総選挙や大きなスポーツイベントなど、社会的に注目が集まる期間には、商用システムに対する作業を控へようとする傾向があるからである。
システムの変更や設定変更、機器の交換など、万一トラブルが起きる可能性のある作業は、できるだけ避ける。
イベントがあらかじめ決まつてゐるのであれば、その前に早めに作業を済ませておくか、イベントが終はつてから実施する。
このやうに、一定期間、商用環境での作業を制限することを、IT業界では「作業規制」と呼ぶことがある。
いつから、こんな習慣ができたのだらう
この習慣は、いつ頃から始まつたのだらうか。
少なくとも、私が情報処理技術者として仕事を始めた頃には、今ほど意識されてゐなかつたやうに思ふ。
その後、コンピュータシステムを狙つた攻撃が増え、特に社会的に注目が集まる大きなイベントの前後には、サイバー攻撃などへの警戒が強くなつていつた。
もちろん、攻撃者が必ずオリンピックの開催期間や総選挙の日を狙つてくるとは限らない。
むしろ、世間がイベントに集中してゐる時期を避け、前後の時期を狙つてくることだつてある。
それでも、過去の傾向や経験から、
「この時期にシステムへ大きな変更を加へるのは避けておかう」
といふ考へ方が定着していつた。
安全を優先すれば、当然の判断ともいへる。
仕事ができないなら、何をするのか
さて、作業規制の期間に入ると、困ることが一つある。
商用環境での作業ができないのである。
予定してゐたシステム変更や機器の入れ替へなどがあつても、規制期間に入つてしまへば延期になる。
では、IT技術者は何をしてゐるのか。
以前の記事でも書いた「待機時間」と似たやうな時間が生まれる。
[仕事がないのに、仕事をしてゐる?――IT技術者の待機時間] (https://note.com/sheep_monologue/n/n19918347697a)
もちろん、何もすることがないわけではない。
これまでの仕事を整理したり、設計書や手順書を見直したり、次の仕事に必要になりさうな技術を調べたりする。
資格の勉強をする人もゐる。
普段は目の前の仕事に追はれてゐるので、こうした時間は意外と貴重である。
私自身も、作業規制の期間には、普段なかなか手を付けられないことを勉強したり、これまでの仕事を振り返つたりする時間として利用してきた。
商用作業が再開される日を待ちながら、次の仕事への準備をする。
さう考へれば、作業規制期間は、IT技術者にとつて悪いことばかりではない。
むしろ、これまでの仕事を整理し、将来の仕事の可能性を広げる、よい機会になることもある。
されど、元をたどれば
ただ、ここで少し考へてしまふ。
そもそも、なぜこんな規制が必要になつたのだらうか。
コンピュータに対する攻撃がなければ、こうした習慣は存在しなかつたかもしれない。
もちろん、作業規制そのものがすべて攻撃対策だけから生まれた、と断定するつもりはない。大きなイベント期間中にシステム障害を起こしたくない、社会的な影響を避けたい、といふ考へもあるだらう。
それでも、何か問題が起きる。
その問題を防ぐために、新しいルールができる。
そのルールが何年も続き、いつしか「当たり前の仕事の仕方」になる。
IT業界には、さういふことが非常に多い。
昔はなかつた確認手順。
昔は必要なかつた申請。
昔は存在しなかつた制限。
何かの事故や障害、攻撃などをきつかけに、新しいルールが生まれる。
そして、何年か経つと、
「なぜ、こんな手順が必要なのだらう」
と、その理由を知らない人が増えてくる。
ルールだけが残り、理由が忘れられていくのである。
これもまた、IT業界の一つの風景なのだと思ふ。
作業規制期間は、技術者にとつて勉強する時間にもなる。
されど、その規制が生まれた背景には、コンピュータを取り巻く社会の変化がある。
仕事をしないことが、仕事の一部になる。
それもまた、コンピュータとともに仕事をしてきた者には、なかなか面白い現象なのである。
そして、IT業界には、事故や障害をきつかけに生まれた、もう一つ、もう二つの「昔はなかつた習慣」がある。
その話は、また別の機会に。