未経験者25歳まで――IT技術者に35歳定年説があった頃

平成のはじめの頃、私が勤めていた会社の募集要項に、「未経験者25歳まで応募可」とあった。

あるとき、私の直属の上司だった係長が、採用担当の次長に尋ねた。

「この『未経験』といふのは、情報処理技術者として未経験といふことですか。それとも、交換機の経験も含めて未経験といふことですか」

次長は、少し口ごもってしまった。

次長は、交換機エンジニアとしても、部下への指導においても、万事に行き届いた方であった。それだけに、そこは想定外の問いだったのだらう。

察するに、募集要項でいふ「未経験」とは、情報処理技術者としての未経験を指していたのだと思う。

以前、「石の上にも三年」といふ投稿で、私は交換機エンジニアとして一人立ちするのには、八年ほどかかったといふ話を書いた。

仮に25歳から技術者としての仕事を始めたとすると、一人前になる頃には33歳になる。

その頃、後に定説のように言われることになる「SE35歳定年説」などといふものを耳にしたなら、あと二年しかないではないか。

いや、現役で四年制大学を卒業し、新卒で入社してキャリアを積んだとしても、30歳である。

この、当時としてはもっとも一般的だったと思われるケースでは、いったいどうするのだらう。

ところが、実は当時の時代背景を考えると、さほど矛盾はなかったのである。

当時の次長の仕事は、勤怠管理や受発注業務、他部門との調整などが中心で、すでに第一線のエンジニアではなかった。

課長も、部下への指導や工事担当者の手配などが主な仕事で、時折、技術的な業務に携わる程度だった。

係長も、プログラムのコーディングなどは私たち若いメンバーに任せ、技術そのものよりも、むしろ育成や仕事の取りまとめに力を入れていた。

社内に僅かに派遣社員はいたものの、まだ派遣法が改正される前のことで、従業員のほとんどは正社員だった。

そして、年齢が上がるにつれて、それなりの役割やポジションが用意されていた。

つまり、当時は「技術者として第一線で手を動かすこと」と「会社の中で仕事をすること」が、今ほど一体ではなかったのである。

もし、この前提が崩れてしまったらどうなるのか。

「SEは35歳まで」などと言われたところで、その後の仕事が用意されていなければ、多くの人の人生設計が行き詰まってしまう。

ところが、あれから30年ほど経った。

では現在、日本の情報処理技術者と呼ばれる人たちは、どうなっているのだらう。

私自身、30代後半から40代にかけて管理職を務めていた時期もあった。

それが今では役職なしの、一人のインフラ基盤エンジニアに過ぎない。

それでも、バリバリの現役である。

別に自慢するようなことではない。

私は、この分野で突出した技術を持っているわけでもない。特定の製品に誰よりも詳しいわけでもない。この業界に太い人脈があるわけでもない。

どこにでもいる、ごく普通のエンジニアである。

そんな私が、還暦を前にしても、なぜ現役でいられるのだらうか。

もちろん、私一人の経験だけで、IT技術者の世界すべてを語ることはできない。

されど、私がこの四十年余りの間に見てきたものの中には、「35歳定年説」や「40歳になったら転職できない」といった言葉だけでは説明できないものもある。

そこで、ここから何回かに分けて、私自身の経験や、身の回りで見聞きしてきたことを中心に、この問題について書いてみたい。

必要に応じて、公的な資料や数字も取り上げるつもりである。

ただし、数字だけで話を終えるつもりはない。

私が見てきたIT業界では、人が歳を取ると、技術だけでなく、仕事の仕方も、会社との関係も、働く時間も、少しずつ変わっていった。

その中で、昔「定年」と呼ばれていたものは、本当に技術者としての寿命だったのだらうか。

それとも、別の意味を持つ言葉だったのだらうか。

そのあたりを、私なりに振り返ってみようと思う。