なぜ、IT技術者は長く働けるようになったのか――変わったのは技術だけではない

[前回は、「SE35歳定年説」といふ言葉が、いったい何を意味してゐたのかについて考へてみた。] (https://note.com/sheep_monologue/n/nd1bae72df334)

この35歳といふ年齢も、時には40歳となり、45歳となることもある。

なぜ、こうした変化が起きるのであらうか。

今回は、私自身の経験を踏まへ、五つの観点から考察してみたい。

あらかじめ断っておくが、これは政府統計などから導き出した結論ではない。私が実際に仕事をしてきた中で感じたことであり、あくまでも一人の技術者の見聞として読んでいただければと思ふ。

① 人口動態

雇用する側からすれば、若いうちに採用し、時間をかけて育てられる人材が望ましいのかもしれない。

されど、若年層が減り、シニア層が増えていく現在、若い人だけを採用し続けることは難しくなってゐる。

その結果、雇用する側も、採用する年齢の幅を広げざるを得なくなってゐるのではないだらうか。

IT技術者の高齢化も、こうした人口構成の変化と無縁ではないやうに思ふ。

② 意識の変化

平成のはじめ頃、50歳を超えて現役のエンジニアとして働いてゐる人に対して、必ずしも好意的な印象ばかりがあったわけではない。

「年上の人に、こんな仕事を頼んでよいものだらうか」

そんな遠慮が働くこともあったやうに思ふ。

技術者は若いうちに現場で働き、歳を重ねれば管理職や指導する側へ回る。そんな職場のあり方が、当たり前とされてゐた時代でもあった。

それに比べれば、今は年齢だけで仕事の向き不向きを判断する意識が、だいぶ薄れてきたやうに感じる。

もちろん、すべての職場がさうなったわけではない。されど、年齢を重ねても現場で技術を扱ひ続けることは、以前ほど珍しいことではなくなったのではないだらうか。

③ 職場環境

中高年にとって、満員電車による体力の消耗も、決して馬鹿にはならない。

以前は、勤務するといへば会社へ出勤することが当たり前だった。ところが今では、テレワークといふ選択肢もある。

通勤に費やす時間や体力を減らせることは、長く働き続けるうへで、意外に大きな意味を持つのではないだらうか。

また、体調がすぐれないときにも、仕事の内容や職場の制度によっては、通院などの予定を柔軟に組み立てられる。

もちろん、テレワークであれば何でも解決するわけではない。現場へ出向かなければできない仕事もある。

それでも、働く場所や時間の選択肢が増えたことは、年齢を重ねた技術者にとって、追い風になってゐるやうに思ふ。

④ 技術革新

この点については、いずれ別の記事でも詳しく触れてみたい。

私は若い頃、電話交換機に関わる仕事をしてゐた。現在は、仮想基盤をはじめとするインフラシステムの仕事に携わってゐる。

両者を比べてみると、現在の仕事では、機器の運搬や設置、配線など、直接的に体力を使う作業が相対的に減ってきたやうに感じる。

通信ケーブルの本数や長さ、ハードウェアの台数や重量。いずれも、昔の設備と比べれば、ずいぶんと小さく、コンパクトになった。

仮に、現在の仮想基盤システムと同じ規模のものを、昔の交換機のやうな設備で構築するとしたら、どれほどの機器や配線が必要になるだらうか。設置や保守に、どれだけの人手と労力がかかるのか、想像するだけでも大変である。

技術が進歩したことで、仕事そのものがなくなったわけではない。むしろ、扱ふ対象や必要な知識は変化し、複雑になった部分もある。

されど、以前なら体力や人手に頼らざるを得なかった作業が、技術によって軽減されたことも確かだと思ふ。

⑤ IT技術の汎用性

昔の仕事では、電話交換機とホストコンピュータは、基本的に別の技術分野と考へてよかった。交換機の経験が、そのままホストコンピュータの仕事に生かせる場面は限られてゐた。

ところが、現在は少し事情が違ふ。

たとへば、社内にサーバーなどを設置して運用する、いわゆるオンプレミスの経験が豊富な人であれば、その経験をクラウドの仕事に生かせることがある。

実際、クラウドの仕事であっても、従来のサーバーやネットワーク、システム運用について理解してゐる人が求められる場合がある。

もちろん、オンプレミスとクラウドが同じものといふわけではない。新たに学ばなければならない技術もある。

それでも、以前に身につけた知識や経験を、新しい分野へ持ち込める場面は増えてゐるやうに思ふ。

これは、年齢を重ねてから新しい技術を学ぶ人にとって、大きな意味を持つ。

すべてを一から学び直すのではなく、これまでの経験を土台にして、新しい技術を身につけていけるからだ。

技術者の寿命を決めるもの

ここまで、五つの観点から考へてみた。

人口構成が変わり、年齢に対する意識が変わった。働く環境も変化し、技術革新によって仕事の内容も変わってきた。そして、これまで身につけた技術や経験を、別の分野に生かせる場面も増えてゐる。

こうして考へると、私が還暦を前にしても現役のエンジニアとして働いてゐる理由を、少しは説明できるのではないだらうか。

もちろん、技術者であれば誰でも同じやうに働き続けられるわけではない。年齢を重ねれば、体力や健康面で不安が出てくることもある。仕事の内容や働き方を変へなければならない人もゐるだらう。

それでも、技術者として働き続けられるかどうかは、年齢だけで決まるものではない。

少なくとも私自身は、こうした時代の変化に助けられてきた一人なのだと思ふ。

若い頃に身につけた技術が、何十年も経ってから別の仕事で役に立つ。かつては古いと思ってゐた経験が、新しい技術を理解する手がかりになる。

そうしたことを、私は実際の仕事の中で経験してきた。

技術者の寿命を決めるものは、年齢だけではない。本人が積み重ねてきた経験もあれば、その経験を生かせる社会や職場の変化もある。

「35歳定年説」といふ言葉が、かつてどのやうな意味で語られてゐたにせよ、少なくとも今の私は、まだ現役で仕事をしてゐる。

それが、私自身の経験から言へる、何より確かなことである。