これまで様々な場所を訪れ、その土地の様々なものを食べてきた。

ある時はバンコクの「ブルーエレファント」で宮廷料理のフルコースに舌鼓を打ち、またある時は、アムステルダムのスーパーで買ったニシンの缶詰をバゲットに挟み、風を感じながら頬張る。あるいは、景信山の山頂にある茶屋で、山菜の天ぷらとなめこ汁に冷えた身体を温めてもらったこともあった。

これまで口にしてきたものの中には、お世辞にも美味しいとは言えないものもあった。けれど、その場の空気やその時の心情と合わさることで、それらはすべて私の心を豊かにしてくれたのだ。

至高の美味を求め、何時間も車を走らせて目当ての味にありつくのもまた良し。期待を大きく裏切られ、肩を落とすことだってある。しかし食というものは、美味・不味にかかわらず、時間が経ってからふとした拍子に強く記憶の底から立ち上ってくるものだ。そしてその記憶が呼び覚まされた時、私たちは何とも不思議な温もりに包まれる。

そんな私の「食の記憶」を、今この文章を読んでくださっているあなたと共有したい。

ごく日常的な「母の味」が出てきた時には、あなた自身の思い出の味に思いを馳せてほしい。あるいは、大学の不合格通知を受け取り、失意の中で駆け込んだラーメン店で佇む私を見て、あなたは何を感じるだろうか。

これから、そんな食にまつわる小さな物語を綴っていこうと思う。

なお、これから登場する店の多くは、今ではもう存在していない。

もうすぐ還暦を迎える私の、少し古い記憶の断片だからだ。

追体験の叶わない「かつてのあの場所」へ、私と一緒に旅をしていただければ幸いである。