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ニシンとチーズと自転車と――オランダで学んだ質素と合理の美学
2026年10月18日
ニシンとチーズと自転車と――オランダで学んだ質素と合理の美学
ベルギーでは、比較的安価でありながら上質な料理と豊富なバリエーションのビールを心ゆくまで堪能した。しかし、お隣の国オランダでは、食事に関して全く別の行動をとることになる。
オランダの物価が極端に高いというわけではない。ただ、料理のバリエーションが少ないことと、現地の人々の行動を観察するうちに「あえて外食をしなくてもいいのではないか」という気持ちになった、と言う方が正しいかもしれない。
オランダの名物料理といえば、スネルト/エルテンスープ(青エンドウ豆のスープ)や、スタムポット(マッシュポテトに野菜を混ぜ、ソーセージを添えたもの)などが挙げられるが、どちらかというとドイツ料理に近く、どこか地味な印象が強い。「高いお金を払ってまで外食するほどでもないな」と思ってしまったのだ(かつてドイツのヴュルツブルクで食べたソーセージ料理の記憶も重なった)。
それに何より、オランダ人は総じて「質素」を旨としている印象が強かった。 立派な身なりをしたエグゼクティブ風の男性が、公園のベンチに腰掛け、ニシンの塩漬けやハムチーズサンドイッチを豪快に頬張る姿をよく見かける。また、アムステルダムやロッテルダムのような大都市では、パリッとしたスーツに身を包んだエリートビジネスマン風の紳士が、自転車で颯爽と街角を駆け抜けていく。健康のためなのか、トラム(路面電車)の運賃を節約するためなのだろうか。
そうした国民性もあってか、20世紀の段階で既に自動車、自転車、徒歩用の専用レーンが完全に分離されており、誰もが交通ルールをしっかり守っているのには驚かされた。2026年現在、日本でも自転車利用の厳罰化が施行されたものの、相変わらず暴走する自転車が後を絶たない状況と比べると、非常に対照的である。
そんなわけで行き届いた現地の風習にならい、私もミニスーパーでニシンの塩漬け缶とチーズ、バゲットを買い、自分でサンドイッチを作って公園などで食べることにした。ただし、さすがにレンタサイクルを利用する気にはなれなかった。大柄なオランダ人仕様の自転車に乗るのが単純にしんどそうだったことと、巨大な自転車駐輪場で前輪のない自転車を幾度となく目撃したからだ。
「そんな味気ない食生活で、オランダ旅行は退屈しなかったのか?」と心配されるかもしれない。だが、宿泊したホステルは外観・内装ともに新しく、非常に洗練された空間だった。
しかも、そのホステルの朝食が素晴らしかった。パンはトースト、クロワッサン、ライ麦パンと揃い、シリアル、ヨーグルト、ハム、2種類のチーズ、2〜3種類のフルーツが並ぶ。飲み物はコーヒー、紅茶、そして強烈な炭酸水。なぜかたまに牛乳がつく日もあった。 朝食がこれだけ豪華であれば実にいいバランスであり、食事に苦痛を感じることもなく、終始楽しく旅を続けることができた。
さて、同じ時期にベルギーとオランダという隣り合う二国を旅して思い出したのが、アンドレ・モロワの童話『デブの国ノッポの国』である。 食に執着し、楽しむことにフォーカスする享楽的なベルギー人と、質素で合理的、質実剛健なオランダ人。もちろん作中のようにベルギー人が時間にルーズというわけではないが、両国の対照的な雰囲気は実によく似ている。
当時読んだ「地球の歩き方」には、「ベルギー人はカトリック教徒が多く、オランダ人はプロテスタント(カルヴァン派)教徒が多いため、その倫理観が食生活や文化の差となって現れている」といった解説が書かれていた記憶がある。
質素倹約を尊ぶプロテスタントと、人生の歓びを謳歌するカトリック――旅先で出会ったあの巨大な胃袋と質素なサンドイッチのコントラストを思い返すたび、はたしてあの記述は真理だったのだろうかと、今でも思いを馳せてしまうのだ。