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台所の入り口に立った師匠――母の遠隔お料理教室
2026年10月19日
台所の入り口に立った師匠――母の遠隔お料理教室
あれから、もう十年の時が流れようとしている。当時、私は在宅介護で母と同居していた。
その少し前までは母が私の食事も作ってくれていたのだが、さすがに年には勝てなくなったらしい。とはいえ、母は市販の介護弁当などには見向きもしない人だった。入院時の病院食にすら何かとケチをつけるくらいだから、代わりに私が台所に立って調理をするようになった。
もともと自炊が好きで、一人暮らしの頃は毎食何を作るか想像するのが楽しみだった。だから料理自体は苦にならなかったのだが、母は台所に立つ私の手料理に、いちいち口を挟むようになった。
「お米をそんなに洗いすぎたら、旨味が全部逃げてしまう」 「里芋を煮過ぎて、風味が損なわれているじゃないか」
自分では調理しないくせに、まるで意地の悪い小姑のようにあれこれ注文をつける。調理法だけではない。「もう春の七草の季節じゃないのかい?」と、季節のものや土地の旬を催促することもあった。
当時、一人ハイキングをライフワークにしていた私は、山の麓で山菜などを見つけるとよく買って帰った。 ある時、神奈川県の大野山を下山した後に「ずいき」を買い、自宅で調理しようとしたときのことだ。案の定、母が台所の入り口に立ち、口頭であれこれと「遠隔指示」を出してきた。
指示通りに仕上げた油揚げ入りのずいきは、アクが見事に抜け、身も柔らかすぎず硬すぎず、溶けてしまうこともなく絶妙な塩梅に仕上がった。「自分の自炊の腕もなかなかだな」と、私は一人自画自賛したものだった。
それから数年が経ち、母が亡くなった後も私の自炊生活は続いた。外食や友人との会食を除けば、三度の食事や弁当までほぼ毎日作り続けていたので、料理の腕はそれなりに上がっているつもりだった。
ある日、小平市のJA直売所で偶然ずいきを見つけ、久しぶりに買ってみようと思い立った。 ネットで検索するとずいきの下処理方法がたくさん出てきたので、その通りに真面目に作ってみた。あの時と同じ、油揚げを入れた煮物だ。
一口、口に運んでみて首をかしげた。 ……どういうわけか、多少のえぐみが残り、身もぐちゃぐちゃに崩れてしまっていたのだ。 あの時、母に指南された通りの味には、どうしても再現できなかった。
たまたま買ったずいきの質が悪かったのだろうか。それなら、なぜえぐみまで抜けなかったのか。 あれこれ理由を考えてみたが、どうしても思い当たらない。 ただ一つ言えるのは、あの時の台所の入り口には、口うるさく指示を出す母が立っていたということだけだった。
大抵の料理なら、ネットのレシピを見れば事足りる。しかし、山の恵みや癖のある食材の下処理には、文字や数値には表せない「人の勘と知恵」が必要なのだろう。
再現できないずいきの味を噛みしめながら、母という師匠の大きさを痛感させられた一日だった。