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72時間営業の大学祭――学生たちだけで創り上げた3日間の記憶
2026年10月20日
72時間営業の大学祭――学生たちだけで創り上げた3日間の記憶
あなたには、学園祭や大学祭での忘れられない思い出があるだろうか。
私が通っていた大学の学祭は、プロのイベント業者を頼むことなく、学生たちだけで運営する「3日間ぶっ通し」が恒例だった。
まず、その年に大学祭を開催するか否かの判断から始まり、各サークルがどの場所を使うか、さらには地域の防犯担当をどう割り振るかまで、すべて学生同士の話し合いで決定する。誰もが良い場所で催しをやりたいから、議論は毎回白熱した。話し合いが深夜に及ぶことも珍しくない。私の大学は丘の上にあったため、深夜まで煌々とあかりを放つ大講堂の姿は、下から見上げるとどこか壮観だった。
正直に言えば、私は学祭当日よりも、この準備段階のほうが好きだったかもしれない。 教壇に立ち、マイクを片手に己の意見をぶつけ合う個性豊かな面々。それに対してブーイングが飛ぶこともあれば、大きな歓声が湧き上がることもある。普段キャンパスでは大人しい女子学生の発言に、満場の拍手喝采が送られることもあった。 学祭の準備を通じて、みんなどこか「メタモルフォーゼ(変身)」していくのだ。かくいう私も例外ではなかった。
私たちの大学祭には、人気アイドルも著名なアーティストも来ない。 だから外部の人から見れば「何がそんなに楽しいのか?」と首をかしげたくなるかもしれない。
日程と場所割り決まると、そこからは怒涛の準備期間に入る。 毎年どこのサークルが何の出し物をするかはだいたい把握しているが、自分のサークルはもちろん、他所の動きも気になって仕方がない。
私のサークルはというと、屋外に突貫の仮設店舗をしつらえ、飲食店を出店していた。これがかなりの人気で、食材が足りなくなると近所のスーパーへ大急ぎで買い足しに走った。地域のための防犯対策もサークルごとの持ち回りだったため、深夜の見回りも欠かせない。 1日16時間は店舗で調理と接客に追われ、残りの8時間は部室の寝袋にくるまって泥のように眠る。まさに「72時間営業」状態だったが、現役のころは毎年かなりの売上を叩き出したものだ。そしてその売上金は、1年間のサークル活動費として綺麗に消えていった。
この大学祭での経験が、今の仕事に生かされているかと言われれば――何ひとつない。ただただ「楽しかった」という眩しい思い出が残っているだけだ。
時期はちょうど、ハロウィンが終わった11月。 今年、後輩たちはあの丘の上で、どんな大学祭を作り上げているのだろうか。