奥多摩の白兎は向こう岸へ渡れたか――麦山浮橋と、湖畔の昭和ラーメン

11月を迎える頃、日本各地は紅葉のピークを迎え、山々は鮮やかなパステルカラーに染まる。 奥多摩湖の周辺もこの時期になると多くの観光客で賑わい、夕刻には奥多摩駅行きの路線バスが超満員となり、一本見送らなければ乗れないほどの混雑ぶりを見せる。

それというのも、奥多摩湖の先にある鴨沢が雲取山の登山口であり、一大ブームを巻き起こした『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎と禰󠄀豆子の故郷とされたことで、多くのファンが押し寄せたからだ。当時は奥多摩湖に着く頃にはバスが乗客で寿司詰め状態になっていたものだが、今はどうだろうか。いずれにせよ、バスで奥多摩湖へ向かうなら、夕方の帰路だけは避けたいところである。

そこで私がおすすめしたいのが、レンタサイクルの活用だ。 奥多摩駅近くにある「トレックリング」で自転車を借りると、大型車との接触リスクがある車道を避け、安全に奥多摩湖までたどり着けるガイドマップを渡してくれるので実に心強い。

しかも、この推奨コースが実に素晴らしい。単に安全なだけでなく、昔ながらの集落を抜け、どこか懐かしい昭和の原風景に出会えるのだ。集落の細い路地を抜け出ると、やがてパッと視界が開ける。奥多摩湖の入口にある小河内ダムはもうすぐそこだ。「奥多摩 水と緑のふれあい館」でトイレ休憩と水分補給を済ませたら、いよいよ湖畔のサイクリングへと出発する。

奥多摩湖に沿って自転車を走らせていると、心地よい風を全身に受けて、胸の高鳴りが抑えきれなくなる。その勢いのまま、所々に点在する食事処を通り抜けて西へとペダルを漕いでいく。やがて「峰谷橋」という真っ赤な橋が見えてくると、今回の目的地である「麦山浮橋(むぎやまうきはし)」に到着する。

この浮橋は、湖が渇水している時期にはゲートが閉じられて渡れない。十分な水力がある時にだけ現れる、いわゆるドラム缶橋なのだ。

この橋を目にすると、幼い頃の記憶が蘇ってくる。 昔、父が私を寝かしつける際、よく「因幡の白兎」の歌を歌ってくれた。兎がサメ(ワニ)の背中を「一、二、三……」と数えながら渡っていくところで、子供を寝落ちさせるのが父の作戦だったのだ。私はまんまとその術中にハマって寝入ってしまうのだが、年の離れた兄には通用せず、「お父さん、その後はどうなったの?」と続きをせがんでいたという。

私は童心に返り、心の中で因幡の白兎になったつもりで「一、二、三……」と数えながら、ゆらゆら揺れる麦山浮橋を渡っていく。壮年の男が一人でやる行動としては少々危うい気もするが、ここにはそんな童心を思い出させる独特の空気がある。

物語の白兎なら、向こう岸へ渡った足で三頭山や檜羽村方面へ旅立つところだろう。だが、私は入口に自転車を停めてあるため、おとなしく元来た橋を歩いて引き返した。

再び自転車に跨がり、もうひとつの名所である「深山(みやま)橋」へと向かう。 このすぐ先には「陣屋」という絶品の手打ち蕎麦屋もあるのだが、この日は昭和の佇まいを今に残す「のんきや」へ立ち寄ることにした。

ここで久しぶりに手ぐる昔懐かしい醤油ラーメン。 変わらない暖簾をくぐり、スープを一口すする。何度食べても決して飽きることのない、どこまでも優しく体に染み渡る味がした。