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スーパーの向こう側にいるのは、元・ビジネス最前線のプロだった
2026年11月4日
スーパーの向こう側にいるのは、元・ビジネス最前線のプロだった
ある日、多摩地区のとある農家さんでジャガイモの植え付け作業をお手伝いしていた時のことだ。
畑に立つと、既に植え付けまでの仕込みは見事なまでに整えられていた。あらかじめ四つ切りにされ、切り口に灰をまぶした種芋がカゴ一杯に用意されている。しかもその数量は実に正確で、広い畑にすべてを埋め終えた時、手元に残った余りは10個にも満たないほどだった。
また別の農家さんでは、小松菜の収穫、紐締め、泥洗いの作業を行った。 翌日の出荷に合わせて、ボランティア2名と農家さん親子の計4名で午後一番から作業を開始したのだが、なんと目標の17時ジャストオンタイムでぴったり作業を仕上げてみせたのである。
こうした場面に遭遇するたび、「この人はボランティアスタッフを動かす段取りが本当に上手いな」と感心させられるのだが、彼らの経歴を伺って思わず胸が落ちた。
最初の方は、私がよく知る精密機械部品商社の元マネージャー。 後者の方は、誰もが知る大手電器メーカーの元エンジニアだったのだ。
なるほど、それなら納得である。緻密な計画を立て、工程管理を行い、現場の人間を上手に動かしていくことにかけては、人生の長年にわたるプロフェッショナルなのだから。そんなビジネスの第一線にいた人たちが、年季の入った作業服に身を包み、耕運機で土を耕し、種をまき、手作業で野菜を収穫しているのである。
彼らの多くは60〜70代で、代々続く農家の家に生まれた人々だ。 教科書やメディアで「日本の農業の担い手不足」をさんざん教え込まれ、将来に不安を抱きながらも、一旦は大手企業に就職してキャリアを積んだ。そして人生の半ば、葛藤の末に「実家の農家を継ぐ」という大きな覚悟を決めて戻ってきた人たちなのである。
私が参加してきた援農ボランティアの現場で出会う農家さんの多くが、まさにこの経歴を持つ人々だった。
東京の畑には、ビジネスの最前線で揉まれてきた強者たちが、真剣な眼差しで土に向き合っている。 彼らは祖先から受け継いできた農法や地元の人間関係を大切に守りながらも、直売所での路面販売、ネット通販、飲食店への直接卸しなど、JA(農協)だけに頼らない独自の流通チャネルを果敢に開拓し、経営の安定化を図っている。
時代の大きな変化に適応し、生き残っていくためには、従来の農業のやり方に新しいビジネスの知見を掛け合わさなければならない。その一環として、援農ボランティアという外部の力を巻き込む柔軟なスタイルも生まれているのだと、私は現場で確信している。
彼らの姿を見ていると、単なる「良き耕作人」というよりは、紛れもない「良き経営者」として映る。
……と、ここまで書くと『ガイアの夜明け』のような「農業革命の風雲児たちが登場!」といったドラマチックな話を期待されるかもしれないが、現実の世の中はそれほど単純ではない。
農業とは、最新の農業機械やIoTを導入すれば劇的に劇的に経営が改善するような甘い産業ではないのだ。実際に出会う農家さんたちの多くは、極上の最高級品を作るというよりは、市場の需要に合わせた標準的なクオリティの野菜を、バランスよく安定して生産することに心を砕いている印象を受ける。
「いいものを作れば、勝手に引き合いが来て高く売れる」というほど甘い世界ではない。いかに需要に合わせて無駄なく出荷し、確実に利益を確保するかに注力しているのだ。
援農ボランティアに参加していると、「将来、自分も農業を始めてみたい」と熱く語る若者の声を聞く機会も多い。それ自体は非常に喜ばしいことだが、東京の現場を支える担い手たちのリアルな動きを見る限り、農業の成否は「作物を育てる技術」と同じくらい、いやそれ以上に「経営者としての資質」にかかっていると強く感じさせられる。
就農を夢見る若者たちは、自分自身に経営者としての力量や覚悟があるかを問い直す視点を持っているだろうか。 本気で土とともに生きていこうと考えるなら、今まさに目の前の畑で汗を流している「元・ビジネスマン」の農家さんたちの手際と経営感覚から、学ぶべきものは途方もなく大きいはずである。